2006年12月11日

特別な空気が漂う円覚寺は紅葉も美しい

鎌倉時代後半(1282年)、8代執権北条時宗が中国より無学祖元禅師を招いて創建された円覚寺。その参道は北鎌倉駅から始まっている。TVや映画の撮影にもよく使われたという北鎌倉駅は、史都鎌倉の玄関として、とても風情がある。

061211_1.JPG 061211_4.JPG 061211_2.JPG

実はこの北鎌倉駅、円覚寺の境内に作られているのである。横須賀線が開通した明治22年、建長寺や円覚寺を訪れる文人や修学旅行の学生が多いのに、鎌倉と大船の間に駅はなかった。そこで北鎌倉の住民は、せめて観光客の多い夏だけでもと、大正15年に「夏期簡易停車場設置願」を提出した。そしてその強い要望によって昭和2年に仮駅ができたのである。

だから線路脇にある白鷺池も円覚寺の境内なのである。この白鷺池には伝説がある。鶴岡八幡宮の化身、白鷺がここに舞い降りた事から、円覚寺の建立場所がこの地に決まったというのだ。

この伝説の白鷺池から階段を上って行くのだが、初冬のこの季節は紅葉が見事に色付いている。このアプローチが円覚寺の素晴らしさを予感させる。

061211_3.JPG 061211_7.JPG

鎌倉五山の第二位である円覚寺は禅寺でもあるが、その雰囲気は何か特別な空気が漂っている。初冬だというのに吹く風は優しく、まろやかな波動が流れているような気がする。

建物や仏像などは手本にしたといわれる建長寺の方が質が高い感じがしたが、円覚寺には建長寺にはない特別な雰囲気がある。建長寺が幕府の官寺として建てられたのに対し、円覚寺は北条氏の私寺という性格がより強かったということも影響しているのかもしれない。

061211_5.JPG 061211_6.JPG


円覚寺を建てた北条時宗は、わずか14歳で執権を補佐する連署に就任。18歳の時には第8代執権になっている。そのころの鎌倉時代は元寇という今の中国からの襲撃があり、大変な時代だった。時宗は34歳の若さで亡くなってしまうのだが、その時代には新興宗教であった禅宗に帰依するなど、心身深い人だったらしい。その時宗の人柄が円覚寺には出ているような気がする。

観光的には牡丹の名所としても知られ、開高健(作家)、田中絹代(女優)など著名人の墓があることでも知られる。有島武郎はこの寺にしばしば逗留し、『或る女』などを書いた。

また鎌倉唯一の国宝建築・舎利殿や、同じく国宝に指定されている洪鐘(梵鐘)など貴重な文化財が抱負。とくに洪鐘(梵鐘)がある弁天堂まで階段を登って行くと、北鎌倉が一望できるので是非、足を伸ばして欲しい。弁天堂茶屋があるので、お茶を飲んで一休みできる。

061211_8.JPG 061211_9.JPG



営業時間:8時〜17時(4月〜10月)、8時〜16時(11月〜3月)
拝観料: 300円

参照HP:円覚寺公式HP:http://www.engakuji.or.jp/index.shtml

参照図書:鎌倉 謎解き散歩 湯川和夫著 廣済堂文庫
posted by イエロー at 17:52| 神奈川 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | お寺巡り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/29431577

この記事へのトラックバック